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初代市川團十郎と成田の関係とは?

堀越重郎の息子が初代市川團十郎ですが、その息子の名は、幼名海老蔵と言い、1660年(万治3年)に生まれました。

その海老蔵が12歳の時に、歌舞伎の道に入ったと言われています。初舞台は、1673年(延宝元年)で、14歳になった時でした。

中村座の「四天王 幼立(おさなだち)」で、坂田公時を演じたものです。この時に海老蔵の名を改めて、市川團十郎と名乗ったものでした。

初舞台では紅と墨で顔を隈取り、江戸の人達を大変驚かせたもので、同時に大の人気者となった次第です。これが市川家のお家芸の始まりとなっており、名声を上げていったとされています。当時の江戸の人々は、この市川團十郎の歌舞伎に次第に魅せられていきました。

一方、大人になった市川團十郎には、大きな悩みがありました。それは子宝に恵まれないことでした。そこで市川團十郎は、父の故郷である成田山のご本尊不動明王に、子宝が授かるようにと祈願をしました。

その祈願の甲斐があって、めでたく子供を授かりました。1688年(元禄元年)10月のことです。

このことが成田山の信者だった、初代市川團十郎の信仰心に火がついた形になりました。

その後、何度となく舞台で演じられた不動明王の芝居に、当時の成田村周辺から大勢の見物人が詰め掛けていました。歌舞伎役者として、人気者になっていました。

芝居は、親子で成田山の仏恩に感謝してもので、「一心二河白道」や「兵根元曽我」など演じられました。

その芝居では、賽銭が投げ込まれて、成田の霊験を受けた市川團十郎親子に対して、「成田屋」と言う掛け声が自然に上がったもので、これが市川家の屋号の始まりとされています。

市川家のお家芸、舞台を所狭しと大立ち回りは、江戸の人々を楽しく狂乱させました。そして、そのメイクキャップも、ここから始まりました!!

 

昨年は市川海老蔵さんが、成田山開基1080年を記念して、お練りと奉納演舞が行われました。

今年も市川海老蔵さんによる、歌舞伎公演があるみたいです。詳しくは、あ・と・で

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