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成田空港建設に寄与した成田ゆかりの人伊藤音次郎

伊藤音次郎さんは、明治24年6月現在の大阪市浪速区生まれ。この伊藤音次郎さんが、印旛郡遠山村十余三(現在の東峰地区)に入植し、現在の成田空港発展に寄与した人です。

伊藤音次郎さんはどんな人かを調べてみました。

民間航空のパイオニア

伊藤音次郎さん(いとう おとじろう、1891年6月3日~1971年12月26日)は、日本の民間航空のパイオニアとして活躍した人です。

17歳の時に、ライト兄弟の飛行を見て飛行機に興味を持ち、自分もあのライト兄弟のように飛行機を作り、大空を飛んでみたいと、夢を追いました。

その後、東京飛行機製作所に職員として奈良原三次氏に弟子入り、奈良原氏の航空機の製作を手伝いながら、純民間飛行士第2号となりました。

稲毛海岸に伊藤飛行機研究所を設立し、多くのパイロットを育てるとともに、国産機の開発にも努めていましたが、台風の風水害により、施設が全壊。

翌年、現在の習志野市に規模を大きくした飛行場を再建し、軍用機の製造も行っていました。しかし、昭和20年の終戦と共に、飛行機の製造は禁止されました。

そして、GHQの航空禁止令を受けて航空界から引退し、成田市東峰で戦後開拓に携わり、農場主となり暮らしていました。

その後、東峰は成田国際空港の建設予定地の一部として選定されました。多くの地元住民は困惑したことで、その一部が三里塚闘争に加わりました。

しかし、現地では伊藤音次郎さんただ1人が、空港が来たことを大歓迎したと言われ、新東京国際空港公団との用地売却契約を最初に結んだグループの1人となったのです。

未だ成田空港建設反対運動は続いていますが、伊藤音次郎さんのこのことが、今の成田空港発展の礎になっております。

そして、空港の開港を見ることなく、昭和46年12月26日(1971年)80歳で生涯を閉じました。

生前、稲毛海岸には、「民間航空発祥之地記念碑」を建立しております。今でも、伊藤音次郎さんが育てた松が植樹されています。

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