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増田明美さんの実家は千葉県?

スポーツジャーナリストの増田明美さんは、成田ゆかりの有名人として話題になってますね。

増田明美さんといえば、ロサンゼルスオリンピック女子マラソン日本代表として、1980年代前半の日本における女子長距離走の第一人者でした。

今回は、増田明美さんがどんな方なのか、調べてみました。

こんにちは。

サイト管理者の「テラ」と申します。成田を隅々まで熟知している、今は昔のイケメンです!(笑)

何度も成田に遊びに行きたくなる、そんな成田の魅力を発信しているサイトです。成田の魅力をここから発信して行きます。

成田の観光スポット・美味しい食べ物・お土産品・歴史・成田ゆかりの有名人の紹介やイベントなど、成田空港がある街ならではの情報が盛りだくさんです。成田空港の悲しい歴史もあります。

皆さんが知っている成田から、地元の人でも知らない隠れ情報まで教えちゃいます。

成田が初めての方やトランジットの方、何度も成田に行ったよと言う方でも、また遊びに行きたくなる、そんな情報がワンサカあります。

ただし、開設したばかりのサイトですので、今はまだ情報量は少しですが、徐々に増やしてまいります。


出典:画像は増田明美さんインスタグラムより

1.増田明美さんのプロフィール

2.増田明美さんの経歴

3.増田明美さんの学歴(出身高校)

4.増田明美さんの夫はお茶目です!?

増田明美さんのプロフィール

本 名:木脇明美

読み方:きわきあけみ

出身地:千葉県いすみ市

生年月日:1964年1月1日(昭和39年)55歳

所 属:成田高等学校、川鉄千葉(現・JFE千葉)

身 長:150cm

体 重:39kg(現役時)

自己ベスト:
3000m・9分11秒95 (1983年)
5000m・15分38秒29 (1982年)
10000m・32分48秒1 (1982年)
マラソン・2時間30分30秒 (1983年)

元女子マラソン・陸上競技長距離走選手で、現在は大阪芸術大学芸術計画学科教授、スポーツジャーナリスト・スポーツライター・レース解説者・タレント・ナレーターなどで様々な分野で活動中です。

1984年のロサンゼルスオリンピックに、女子マラソン日本代表として出場しました。1980年代前半の日本の女子長距離走の第一人者です。

増田明美さんの経歴

昭和39年、千葉県夷隅郡岬町(現・いすみ市)に農家の子として生まれました。自宅から約2.5km離れた小学校まで、毎日徒歩で通学していたことから、足腰や心肺機能が強くなったと言います。

しかし、小学校の時は駆け足が遅いとのことで、運動会は大嫌いだったそうです。

中学校に入学すると、部活は軟式テニス部に入りました。中学2年生の冬、岬町(当時の町)の町内一周駅伝大会があり、中学生チームで参加することになりました。しかし、陸上部のメンバーが足りないため、増田明美さんも呼ばれることになりました。

この大会で、高校生3人を抜いて優勝に貢献。これをきっかけに3年生になると、テニス部と陸上部の掛け持ちで部活動を続けました。

その後は、千葉県大会の800mに千葉県記録で優勝、全国大会でも4位となり、いつしか、陸上競技では名の知れる選手に成長していました。

この増田明美さんの走りを知った、成田高等学校の瀧田詔生先生(陸上部監督)が、自宅を訪れてスカウト。成田高校に進学したのです。

自宅から成田高校までの通学は距離があるために、瀧田詔生先生の自宅にある離れに下宿していました。

ちなみに、瀧田詔生先生の弟は、俳優の滝田栄さんです。私も滝田先生の体育の授業では、しごかれました!(笑)

高校3年生の時に、長距離ランナーに転向しました。その後の記録は目を見張るものがあります!

・中央大学で行われた記録会で、10000m(33分20秒0)、5000m(途中計時16分48秒4)の日本新記録を出す。

・兵庫リレーカーニバル(5000m、15分53秒2=日本新記録、途中計時の3000m・9分30秒6も日本新記録)

・スポニチ国際陸上(3000m、9分14秒81=日本新記録)

・アジア陸上競技選手権大会(3000m、9分18秒17=優勝)

・アジア陸上10000m(オープン競技)では、名立たる世界の有名選手を抑えて、33分13秒22の日本新記録で優勝。

・札幌タイムス20キロロードでは、日本最高記録で優勝。

凄い選手が現れたことにマスコミからは、「女瀬古」と言うあだ名がつけられました。

成田高校卒業後は、地元の川崎製鉄千葉(現・JFE千葉)に進みました。

社会人最初のレースは、1982年5月2日の兵庫リレーカーニバル10,000mです。このレースでは、自己記録を更新する32分48秒1の日本新記録で優勝しました。

ここまでは国内の日本人選手には無敵でした。しかし、一週間後のスポニチ国際陸上5,000mでは、ラスト1周で佐々木七恵選手に抜かれ、長距離転向後初めて日本選手に敗れてしまいました。

1984年ロサンゼルスオリンピック女子マラソンでは、残念ながら16km付近で途中棄権となってしまいました。そして、その年の秋に引退。川崎製鉄を退社し、陸上競技を離れました。

1985年に法政大学経済学部に入学しましたが、(以前からの希望である教員になるため)もう1度走りたい!と言う思いが芽生え、トレーニングを重ねました。

第一線に復帰したのは、1989年11月の東京国際女子マラソンです。日本人最高の8位入賞を果たしました。が、過去のつらいトレーニングによる故障で、以前のような闘志を出すことが出来ず、1992年1月の大阪国際女子マラソンを最後に引退しました。このレースは、17km地点で途中棄権でした。

現役引退後は、スポーツライターへの転身です。陸上競技やロードレースの解説を中心にテレビやラジオの放送に出るようになりました。

その傍ら、全国各地でランニングやウォーキングの指導にも当たっている、今や人気の増田明美さんです。

増田明美さんの学歴(出身高校)

成田高等学校

増田明美さんの夫はお茶目です!?

2005年1月41歳の時に、ファイナンシャル・プランナーの男性と結婚ました。
旦那さんは人を笑わせるのが好きで、ロードレースに出場するときは「増田明美の夫」と書かれたゼッケンをつけて走るそうです。お茶目な旦那さんですね。


この記事では、スポーツジャーナリストの増田明美さんについて、紹介してきました。

増田明美さんについて調べてみて、わかったことを最後にまとめておきます。

・増田明美さんのプロフィール

千葉県いすみ市出身の55歳

・増田明美さんの経歴

実業団でマラソン選手として活躍、その後、スポーツジャーナリストとして活躍中です。

・増田明美さんの学歴(出身高校)

成田高校卒業

・増田明美さんの結婚した旦那はいるの?

2005年1月41歳の時に、ファイナンシャル・プランナーの男性と結婚ました。
旦那さんは人を笑わせるのが好きで、ロードレースに出場するときは「増田明美の夫」と書かれたゼッケンをつけて走るそうです。お茶目な旦那さんですね。

増田明美さんのこれから

話し方には定評がありますよね。あるテレビ番組等でナレーションを担当していましたが、元アナウンサーもあのテンポといいトーンといい、本職のアナウンサーも真っ青!と絶賛。

これからも、歯切れのいい解説を楽しみにしております。楽しい番組、お願いいたします!

このサイトからも、増田明美さんを応援しております!頑張ってくださいね。

ちなみに・・・増田明美さんが高校生の時、成田の表参道を走っている姿を、私は何度となく見ています。なので、とても親近感があるのです!

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